【01-02:教会の演劇】トロープスから演劇へ(「聖墓訪問」その2)2011/07/03 04:26

教会の演劇の起源は「トロープス」tropus(「トロプス」と記すほうが正しいかもしれない)と呼ばれる典礼歌であると考えられている。トロープスはラテン語の修辞学では比喩、語の転義的使用を意味していたが、それが典礼聖歌に付け加えられた旋律および説明的歌詞を指すようになった。《キリエ》Kyrieや《アレルヤ》Alleluiaといった典礼歌の最後の音節にメリスマmelismaと呼ばれる長大な音楽的装飾が施されるようになり、九世紀になるとその装飾部に聖歌の内容を説明する歌詞が新たに付け加えられるようになった。この付加された旋律と歌詞がトロープスである。トロープスはしばしば聖歌隊の二つのパートによる対話の形式をとった。この対話形式のトロープスが西欧演劇の起源となったのである。

《お前たちは誰を探しているのか? Quem quaeritis》(「聖墓訪問」の場面の冒頭で歌われる歌詞の冒頭の文句)は、もともとは九世紀にスイスのザンクト=ガレン大修道院で作られた復活祭ミサの入祭唱のトロープスだった。しかしこのトロープスが復活祭ミサの一部である限り、それは典礼儀式を彩る音楽的・言語的装飾に留まったままだ。このトロープスが演劇へと発展するには、ミサから朝課の祈りにこのトロープスを移さなくてはならなかった。朝課の祈りではより大きな典礼上の自由が許されていたからである。

「聖墓訪問」のトロープスには控え目ではあるがはっきりとした演劇的性格を確認することができる。フランス中世演劇の研究者のオメル・ジョドーニュOmer Jodogne*は、演劇だけが持つ特質は「役者と呼ばれる人物が自分以外の別の人物になりきること」にあると述べる。この役者の行う作業をジョドーニュは「人物化」personnationと名付けるが、この言葉は英語impersonationに由来する造語である。

聖エテルウォルドによって記録された対話体トロープスにはこの「人物化」をはっきりと認めることができる。聖エテルウォルドは次のように入念に説明する。「これらすべての場面で、聖墓のそばに座る天使、そして香油を手にしてやってくる女たちの様子が模倣される」。
つまり四人の修道僧は役者となって四人の人物を演じるのである。シュロの葉やつり香炉という小道具を使い、ジェスチャーやそれらしい動きによって。聖女を演じる彼らは教会のなかをゆっくりと歩く。何かを探しながら、ふらふらとさまよっているかのように。

三人の人物は教会空間全体を演劇の場として利用したとフェーヴルは推定する。中心となる場所は教会の西構え(massif occidental 玄関広間、鐘楼などから成る多層構成の西正面部)であり、そこがイエスの聖墓とみなされ、聖金曜日の十字架が象徴として埋葬された。聖墓への訪問は、教会内陣の内側で窮屈な場所で展開されたのではない。身廊から教会西側部分に至る広い空間を三人のマリアたちはゆっくりと移動したのだ。そして最後に、教会の西側に到着した聖女たちはイエスを包んでいた屍衣を手に取ると、教会のもう一方の端、東側の内陣にいる聖職者たちにその屍衣を振って示す。内陣でこの動作を認めた小修道院長prieurは、《主である神を》Te Deumを先唱する。この《主である神を》が歌い始められることで教会の演劇は完了する。会衆は演劇から典礼儀式へと再び立ち戻るのだ。

《お前たちは誰を探しているのか? Quem quaeritis》は西欧最初のドラマであることは確かである。しかしこの「聖墓訪問」の場面の「上演」は典礼儀式の内側で行われていたことを決して忘れてはならない。この対話体トロープスで実現している「人物化」personnationは完全なものではなかった。とりわけ衣装については徹底していない。後にトゥールの礼拝堂付き司祭が聖女たちを演じたときには「頭にヴェールをかぶって」coopertis capitibus 変装したのだが、十世紀の修道僧は扮装せずに典礼の服装のまま三人のマリアを演じた。


* Omer Jodogne, "Recherches sur les débuts du théâtre religieux en France", Cahiers de civilisation médiévale, Univ. de Poitiers, 1965, p. 1-24 et 179-189.

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